東京地方裁判所 昭和32年(ワ)2198号 判決 1960年12月21日
東京都渋谷区金王町四九番地
原告(反訴被告)
票 屋 泰
右訴訟代理人弁護士
柳 沢 良 啓
東京都世田谷区新町一丁目九〇番地
被告(反訴原告)
真 鍋 勝
右訴訟代理人弁護士
林 徹
右訴訟復代理人弁護士
下 山 四 郎
右当事者間の昭和三二年(ワ)第二一九八号賃借権不存在確認、建物収去、土地明渡請求事件並びに昭和三五年(ワ)第七九九五号賃借権確認反訴請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
一、原告(反訴被告)と被告(反訴原告)との間に、東京都渋谷区金王町四九番地宅地一六八坪一合のうち北隅にある一〇坪を除く一五八坪一合(換地予定地別紙図面斜線部分、面積一一一坪八合五勺)につき、被告(反訴原告)の原告(反訴被告)に対する賃料坪当り一カ年金一八円七六銭期間昭和二二年九月九日から昭和六二年九月八日までの普通建物所有を目的とする借地権が存在しないことを確認する。
二、被告(反訴原告)は原告(反訴被告)に対し前項の換地予定地上の家屋番号同町二九〇番の三、木造瓦茸平家建居宅一棟建坪二坪を収去してその敷地を明渡すべし。
三、被告(反訴原告)の原告(反訴被告)に対する反訴請求は、これを却下する。
四、訴訟費用は本訴反訴を通じて被告(反訴原告)の負担とする。この判決は第二項に限り原告(反訴被告)において金一〇万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。
事実
第一、当事者双方の申立
(一) 本訴について
原告(反訴被告、以下原告という)訴訟代理人は主文第一、第二項と同旨及び「訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに第二項について仮執行の宣言を求め、被告(反訴原告、以下被告という)訴訟代理人は「原告の請求はこれを棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
(二) 反訴について
被告訴訟代理人は、「被告と原告との間に、被告が東京都渋谷区金王町四九番地宅地一六八坪一合のうち北隅にある一〇坪を除く、一五八坪一合(換地予定地地積一一一坪八合五勺)につき、賃料坪当り一カ年金一八円七六銭期間昭和三二年九月九日から三〇年間、普通建物所有を目的とする借地権を有することを確認する。反訴費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告訴訟代理人は反訴請求棄却の判決を求めた。
第二、本訴請求原因並びに反訴請求原因に対する答弁
(一) 原告は東京都渋谷区金王町四九番地宅地一六八坪一合の所有者であるところ、被告は罹災都市借地借家臨時処理法(以下臨時処理法という)第二条により右土地につき借地権を取得したとして原告を相手どり東京地方裁判所に借地条件確定の申立をし、昭和二三年一一月一九日「申立人は相手方に対し東京都渋谷区金王町四九番地宅地一六八坪一合のうち北隅にある一〇坪を除いた一五八坪一合につき家屋所有の目的で昭和二二年九月九日から期限一〇年賃料一坪一カ年金一八円七六銭の借地条件の借地権を有することを確定する。」旨の決定があり、右決定は昭和二五年七月二七日抗告却下決定により確定し、被告が右借地権を有することが確定した。
(二) しかるに被告は臨時処理法第七条第一項に規定する一カ年の猶予期間を経過しても建物所有の目的で右宅地一五八坪一合(以下本件土地という)の使用を開始しなかつた。もつとも被告は、昭和二八年八月頃本件土地の換地予定地(別紙図面斜線部分、以下本件換地予定地という)上に小屋(実測約一.五坪)を建築所有し、同年一〇月一二日これを「家屋番号金王町二九〇番の三、木造瓦茸平家建居宅一棟建坪二坪」として所有権保存登記をしているが、右小屋は土地に定着しておらず、水道ガス電燈便所は勿論のこと土台、窓、戸障子、壁もなく、内部は土間であつて、建築基準法、同法施行令に規定する建物に該当しないのみか、社会通念上もとうてい建物ということはできない。従つて右小屋の所有をもつてしても被告が建物所有の目的で本件土地を使用しているといえないことは明らかである。
(三) のみならず、被告は東京都世田谷区新町一丁目九〇番地に住所を構えているから、自己の住宅のため本件土地を必要とせず、しかも最近においては本件地上にアパートを建築し利益を得んと意図している。このような事由は、罹災者の住宅確保のための臨時立法である臨時処理法の精神にかんがみ、これにより設定された賃貸借契約の解除原因となると解すべきである。
(四) よつて原告は昭和三一年七月一三日被告に対し、内容証明郵便をもつて本件土地賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、右通知は同日被告に到達したから、右契約は同日限り終了した。
(五) 仮りにしからずとするも、被告の借地権は昭和三二年九月八日期間満了により消滅した。
(六) しかるに被告は右借地権が昭和三二年九月八日後も更新せられて存続し、結局原告に対し本件土地につき賃料一坪一カ年金一八円七八銭期間昭和二二年九月九日から昭和六二年九月八日まで普通建物所有を目的とする借地権を有すると主張するので、かかる借地権が存在しないことの確認を求めると共に、借地権の消滅を原因とし被告に対し前記小屋の収去及び本件土地の明渡を求める。
第三、本訴における被告の答弁及び抗弁並びに反訴請求原因
(一) 答弁
1、原告主張の第二の(一)の事実は認める。
2、第二の(二)の事実のうち、被告が本件換地予定地上に小屋を所有し、原告主張の如く所有権保存登記をしたことは認める。しかし右小屋は登記簿記載のとおり建坪二坪の木造瓦茸平家建居宅であつて、それが「建物」であることはいうまでもない。被告は昭和二八年八月二〇日建築許可を受け同年一〇月八日右建物の建築工事を完成したから、同日から本件土地を建物所有の目的で使用に供しているものである。
3、第二の(三)(四)事実は否認する。第二の(五)の事実は認める。第二の(六)の事実のうち、原告主張のとおり被告が借地権を有すると主張していることは認める。
(二) 抗弁
1、本件土地につき借地権設定の裁判が確定した昭和二五年七月二七日から昭和二八年一〇七日まで被告が建物所有の目的で本件土地を使用できなかつたのは、次のような正当な事由にもとずくものである。すなわち、本件土地は区画整理地であり、しかも附近に幅員五〇米の道路をつくる予定であつたため、建物建築許可申請をしても許可されず、かつ長い間換地予定地が指定されないため事実上本件土地の使用が不可能であつたところ、昭和二七年七月二二日ようやく本件土地の換地予定地として宅地一一一坪八合五勺が指定され、東京都知事より借地権者たる被告に対しその旨の通知があつた。しかし右換地予定地をふくむ附近の土地は前記幅員五〇米の道路予定地の崖下に位置し、約一時半埋立てないと使用できず、従つて整理施行者においても、逐次整地をおこなう予定で、右換地予定地上にはまだ従前の所有者西村直等の所有建物が存在し、被告において本建築のため右土地を使用することは不可能な状態にあつた。そこで被告はとりあえず右換地予定地の僅少な空地部分に前記二坪の建物を築造して本建築まで暫定的に住宅として使用し、その後は物置として使用することとし、ようやく昭和二八年八月五日換地予定地の従前の所有者西村直の承諾を得、かつ東京都第三復興区画整理事務所長宛に右建物建築につき区画整理に支障ある場合には無償にて移転又は除却する旨の請書を差入れ、前記のとおり同年一〇月八日建物建築を完了したものである。
2、その後前記幅員五〇米の道路工事並びに換地予定地の埋立工事が遅延し、昭和三〇年六月頃ようやく宅地としての形態がととのつたが、換地予定地は右道路よりまだ一尺位低かつたため、被告は東京都知事に私費による埋立を願出て、昭和三〇年六月二八日認可を受け、同年七月一日着工、同月七日埋立を完了した。
これより先昭和三〇年四月頃原告は被告に対し本件土地を買つてほしいと申し入れ、被告も当時買受ける意思を有していたので、代金の点につき交渉を進め、右交渉は同年九月一一日頃まで続いたが、双方折合いがつかず結局契約は不成立に終つた。
よつて同年一〇月換地予定地上に本建築をしようとしたところ、隣地のビルディング工事のため、右土地が無断使用され、巨大な起重機等の建築機械が換地予定地を全部占拠していたため、建物を建築することが不可能となつた。被告は直ちに右起重機等の撤去を要求したが、隣地の工事も大工事であつたため、右撤去交渉も容易にはかどらず、ようやく昭和三一年五月頃に至つて始めて換地予定地の使用が可能となつた。そこで改めて建築に着手しようとしたところ、原告が同年八月二日右換地予定地及び前記建物について占有移転禁止の仮処分を執行したため、被告はついに右地上に前記二坪の建物の外建物を建築することができなかつたものである。
以上の次第で、被告が昭和二八年一〇月七日まで建物所有の目的で本件土地(ないしはその換地予定地)を使用しなかつたこと及びその後も前記二坪の建物の敷地としてのみ右土地を使用し、それ以外の建物の敷地としてこれを使用しなかつたのは、いずれも正当な事由に基くものであるから、被告の本件土地不使用を理由とする原告の賃貸借契約解除の意思表示は無効である。
3、仮りに前記各事由が正当事由に該当しないとしても、以上の経緯に照らせば原告の賃貸借契約解除の意思表示は権利の濫用として許されない。
4、なお、臨時処理法に基く被告の借地権は昭和三二年九月八日をもつて十年の期間を満了したが、被告は本訴において借地法第四条にもとづき賃貸借契約の更新を請求しているので、前同一条件により昭和三二年九月九日から期間三〇年間の借地権が設定されたものである。
仮りに右更新請求が不適法とするも、被告は借地権消滅後も建物所有の目的で土地の使用を継続しているから、借地法第六条の規定により前同様の借地権を取得したものである。
第四、本訴における被告の抗弁の認否並びに反訴請求原因に対する答弁
(一) 被告の抗弁1のうち、本件土地が区画整理地であり、昭和二七年七月二二日東京都知事より被告に対し、その主張の如き換地予定地指定の通知がなされたことは認めるがその余は否認する。戦災都市における建築物の制度に関する勅令(昭和二一年八月一五日勅令第三八九号)は、昭和二四年一一月と昭和二五年九月とにそれぞれ一部改正され、これにより建築制限が緩和されたから、換地予定地の指定通知があるまでの間、本件土地に建物の建築が不可能であつたということはありえない。
(二) 抗弁のうち、原告が被告に対し占有移転禁止の仮処分をしたことは認めるがその余は否認する。被告主張の道路工事は昭和二八年三月に、換地予定地の宅地造成は昭和二九年一二月一一日にそれぞれ完了しているから、同日以後換地予定地を建物所有の目的で使用することは可能であり、かつ隣地のビルディング工事のため使用された部分は、換地予定地の四分の一程度であるからいずれも正当な事由にはあたらない。
(三) 抗弁3は否認する。
(四) 抗弁4は否認する。換地予定地上に被告の建物も存在せず、かつ被告は借地権が期間満了により消滅した後、約二年八カ月を経た昭和三五年五月一一日本訴口頭弁論期日において、はじめて更新請求をしたものであるから、右は適法な更新請求ということはできない。
又被告は借地権消滅後も換地予定地を建物所有のため使用せず、かつ原告は昭和三二年九月五日被告に対し以後賃貸しない旨通知し、遅滞なく異議を述べているから、被告が借地法第六条により借地権を取得することもありえない。
第五、証拠関係(省略)
理由
一、本訴についての判断
(一) 東京都渋谷区金王町四九番地宅地一六八坪一合は原告の所有に属するところ、被告は臨時処理法第二条に基き、借地権を有するとして、東京地方裁判所に借地条件確定の申立をし、原告主張の決定をえ、右決定は昭和二五年七月二七日確定した結果、被告は本件土地について原告主張のような借地権を有することに確定したことは当事者間に争いなく、被告が同日以後昭和二八年一〇月七日までの間、本件土地を建物所有の目的で使用しないことは、被告において明らかに争わないから自白したものとみなす。
(二) 被告は本件土地及びその換地予定地を昭和二八年一〇七日まで使用しなかつたのは、本件土地が区画整理地で換地予定地が指定されるまで建築が許されず、かつ換地予定が指定された後も整地工事施行のため使用不能の状態にあつたことによるもので、右は臨時処理法第七条第一項の正当の事由に該当すると主張するので判断する。
本件土地が区画整理地であり、昭和二七年七月二二日本件土地の換地予定地として宅地一一一坪八合五勺(別紙図面斜線部分)が指定され、東京都知事から被告に対しその旨の通知がなされたことは当事者間に争いがないところ、(証拠省略)を合わせると、被告は昭和二三年九月末本件土地に平家建居宅建坪一五坪の家屋の建築を計画し、その許可申請をしたが、当時すでに本件土地附近一帯につき旧特別都市計画法に基く土地区画整理が施行されており、本件土地についてすでに換地計画が決定していたためと、被告の土地使用につき原告との間に紛争があり、東京地方裁判所に事件が係属中であつたことのため、裁判により被告が借地権を取得し、かつ本件土地につき換地予定地が指定された後、右換地予定地に建築することを条件として申請が許可され、結局本件土地(従前の土地)そのものについては建物建築が許されなかつたこと、その後昭和二七年七月二二日本件土地について換地予定地指定の通知があり、被告は、旧特別都市計画法第一四条に基き、右換地予定地上に本件土地の借地権と同一内容の使用収益権を取得したが、右換地予定地上には従前の土地所有者である西村直が、すでに昭和二五年頃に建築した木造平家建居宅(建坪二五坪)がある外、同人所有の門、石垣、林某の家屋(建坪約一五坪)の各一部、バラック建の長屋(建坪七坪)等が存在しており、他方換地予定地の北側には幅員五〇米の道路の建設が予定され、換地予定地は該通路の崖下に当り、同じく道路崖下に当る附近の土地とともに土盛り整地を必要とし、整地の進行に伴い換地予定地上の前記諸物件が移転又は収去せられるまでは、これを又は収去建物所有の目的で使用することは事実上不可能ないしは困難な状況にあつたこと、そして当初は昭和二七年八月頃までに右整地が完了される予定であつたが、本件換地予定地附近は土地の凹凸が激しいため整地工事が遅延し、その後ようやく換地予定地上の地上物件が移転又は収去され、換地予定地についても北側の政府道路第二二号線の縦断勾配に従つて、宅地沿いの勾配を決定した上宅地造成がされ、昭和二九年一二月一一日右工事が竣工し、ようやく建物所有の目的でこれを完全に使用しうる状態となつたことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
右に対し原告は、戦災都市における建築物の制限に関する勅令(昭和二一年八月一五日勅令第三八九号)の改正により建築制限が緩和されたから、換地予定地が指定される前に本件土地を使用することが可能であつたと抗争するが、同勅令によれば、土地区画整理の施行域内における建築物の建築は、換地若しくは換地予定地又は地方長官が土地区画整理の施行上支障がないと認めて指定する区域内に建築する場合以外は許されず(同令第二条第二号)、ただ地方長官が都市計画上支障がいないと認めるときは、右の規定にかかわらず、(一)当該建築物の階数が二以下であること、(二)容易に移転又は除去ができる構造を有すること、(三)一棟の床面積が百平メートル以下であること、(四)建築面積の敷地の面積に対する割合が十分の三以下(商業地域においては十分の五以下)であることの要件が充たされている場合に限り、仮設建築物の建築を許可することができるとし(同令第三条第一項各号)、戦災都市における建築物の制限に関する件の運用方針(昭和二十一年九月七日戦災復興院訓令号外)は更に右勅令第三条の細目を定めている。ところで右勅令は昭和二十四年十一月一日政令第三六〇号(同令により件名を戦災復興土地区画整理施行地区内建築制限令と改正)により、前記第三条第一項の三、四号が削除されたから、その限りにおいては建築制限が緩和されたといい得るであろう(昭和二十五年九月四日政令第二八三号による改正は建築制限の緩和とは関係がない。)しかし(証拠省略)によれば、昭和二十三年九月末被告が建築の許可を申請した建物は同令第三条第一項の「一なしい四号」の要件を充たしているから、右申請が無条件に許可されなかつたのは、本件土地の一部が幹線道路(五〇米道路)の予定地となつていた関係上東京都知事において右道路の早期築造のため、右土地の使用は都市計画上支障があると認めて無条件の許可を与えなかつたものと推認せざるをえない。
従つて同勅令の改正により、直ちに本件土地上の建築が可能となつたと解することはできない。
そうだとすると、本件土地につき換地予定地の指示があるまでは、被告は適法に本件土地上に建物を建築することができなかつたわけであり、又右の指定があつた後においても、上記のように換地予定地上の物件が移転又は収去せられるまでは右土地を十分に使用することができず、仮に右土地の空地部分を利用して建物を建築することが不可能ではないにしても、整地工事の必要上せつかく建築してもすぐにこれを移転又は除去しなければならなくなることを考えると、換地予定地の整地工事が完了してその引渡を受けるまでは、建物建築のためにこれを使用することを被告に要求し難い事情にあつたものというべきであるから、被告が昭和二十八年十月七日まで本件土地ないしはその換地予定地を建物所有の目的で使用しなかつたことについては、臨時措理法第七条第一項の「正当な事由」が存するものといわなければならない。
(三) 次に被告が昭和二十八年十月八日以降建物所有の目的で換地予定地の使用を始めたかどうかについて判断する。被告が本件土地の換地予定地上に小屋を所有し、同年十月十二日これを「家屋番号金王町二九〇番の三、木造瓦葺平家建居宅一棟建坪二坪」として所有権保存登記をしたことは当事者間に争いがない。(証拠省略)に本件口頭弁論の全趣旨を合わせると、被告は昭和二十八年八月ごろ前記換地予定地中土地所有者西村直の建物その他の物件によつて占拠せられていない空地部分に建坪二坪の小屋を建築することを計画し、右西村直の承諾を得て、東京都第三復興区画整理事務所長に対し、区画整理上支障あるときはいつでも移転除去する旨請書を提出した上、同月二十日建築許可を受け、同年十月八日工事を完了し、検査を受け、その後右小屋につき固定資産税を納入してきたが、右小屋はスレート瓦葺、間口一間、奥行二間、木造の極めてそまつな仮小屋で床と壁を板で張り巾三尺の開戸、高さ約二尺巾約五尺の窓を有する外は、電気水道便所はもちろん、天井、タタミ建具その他内部の造作を欠いた、およそ人が居住するに必要な設備はなんら具備しないバラックであり、しかも単に六個の土台石の上にのつているだけで、土地に定着しているかどうかも疑わしく、現に宅地造成、隣地のビルディング建築工事、原告の居宅建築等にともない数回にわたり人夫六人くらいで運搬せられたこともあるような有様であること、昭和三十一年七月十三日原告が調査をした際及び同年八月二日東京地方裁判所執行吏が不動産仮処分を執行した際にはいずれも右小屋には戸じまりもなく、全く無人でなんら使用に供されてはいなかつたこと、昭和三二年一一月初旬右小屋は台風により倒壊したが、当時も使用に供されていた形跡はなく、被告は同月一八日ごろこれを修理し、施錠したが、同月一九日執行吏の点検後、昭和三四年一月二二日当裁判所の検証に至るまでの間も使用の跡はないことをそれぞれ認めることができる。(中略)他に右認定を覆すに足る証拠はない。
被告は、右小屋は、本建築に至るまでの暫定的な住宅用として、本建築後は物置として使用する目的で建築したものであると主張するが、上記認定の事実と成立に争いのない乙第一七号証、被告本人尋問の結果により認めうる被告が罹災後東京都世田谷区弦巻町一丁目二〇八番地(昭和三〇年六月一七日以降は同区新町一丁目九〇番地)に居住し、本件土地に居住したことのない事実及び被告が右小屋の建築当時弦巻町において中学校を経営しており、また過去においては代議士当選五回の経歴を持ち、相当の社会的地位を有する者である事実並びに後記のとおり原告が昭和三一年七月被告に対し賃貸借解除の意思表示をした直後被告側ではいそいで本件換地予定地上に木造二階建アパートを建築しようとした事実を総合すると、被告が真に住宅用として前記弦巻町から遠距離にある本件換地予定地上に前記のような便所電気水道等居住に最低限必要な造作をも具備しない右小屋を建築したとはとうてい認められず、また主たる住宅を建築する前にあらかじめ物置として建てたとしても右小屋の構造と被告の住所からの距離等の点から言つて主たる住宅建築まではこれを使用し得るものとは認め難く、むしろ真にこれを建物として利用するためというよりは、証人真鍋コトの証言の一部にもあるように、臨時処理法による借地権を確保するため土地使用開始の必要に迫られ、とりあえず建物らしきものを本件換地予定地上に建築して土地使用開始の形式をつくろうとして右小屋を建築したものと推断するに難くない。(中略)他に右認定を覆すに足る証拠はない。
ところで、臨時処理法第二条及び第三条は、罹災した建物の借主が建物を築造する意図と能力を有するときに、その者に罹災建物の敷地の借地権を取得せしめ、安んじてその地上に建物を建築して居住、営業等の生活上の手段としてこれを利用することを可能ならしめると共に、これにより戦災都市の復興を促進することを目的として立法された規定であり同法第七条第一項も、その趣旨を受けて、第二条又は第三条の規定により借地権を取得した者が正当の事由なくして一定期間内に建物所有の目的で土地の使用を始めなかつた場合に土地所有者等に契約解除権を与えたものであるから、これらの規定にいう「建物所有の目的」の建物とは、単に土地建物上の構築物で、としての一応の外観形式を有するだけのものでは足りず、それぞれの場合に応じ住居用、営業用貯蔵用等建物が一般に利用せられるそれぞれの目的にかなう程度の構造及び設備を有し、かつ、かかる目的のために現実に利用せられるか又はかかる目的のために築造せられるものでなければならないと解するのが相当である(このような要件を具備する限り、安全、衛生、防火等の行政上の目的から建築物の敷地、構造設備及び用途に関する最低基準を規定した建築基準法、同法施行令の定める条件に合致するものであることは必ずしも必要でない)。しかるに被告が建築した前記小屋は、上記認定したように、住宅として利用するに足るだけの一応の設備、構造をも有せず、また現に物置として利用するに足るべき状況にはなく事実住宅又は物置として利用せられたこともなく、またその建築自体建物として利用するためというよりもむしろ単に本件換地予定地上に建物を建築したという形式をつくりあげる目的でなされたと認められるものであることは前示のとおりであるから、かかる小屋の建築所有をもつて被告が本件換地予定地を建物所有の目的で使用しているものとは到底言うことができない。右小屋が将来この地に別に住宅が建築されたあかつきには物置として利用さるべき関係にあるとしても、小屋に引き続いて住宅が建築されたというような特別の事情のないかぎり、所定期間内に建物所有の目的で現実に土地の使用を始めたものといえないことは同様である。被告が右小屋につき築造後検査を受け、所有権保存登記を経、固定資産税を納入している事実は、右の結論を動かすものではない。
(四) 被告は更に昭和三〇年七月一〇日までは本件換地予定地の宅地造成が完了しなかつたから、それまでは前記の小屋以外に右土地上に建物を建築しなかつたとしても正当な事由があると主張する。
(証拠省略) を合わせると、東京都知事の施行に係る本件換地予定地の宅地造成は、前記認定のように昭和二九年一二月一一日に完了しこれを建物所有のため使用できる状態となつたが、右換地予定地の北側の五〇米道路は、昭和二八年三月第一次整地が終わり、一応道路として使用できる形態がととのつたものの、その後も工事が続けられ、道路の西側は漸次削減低下し、昭和三十年第二次整地を終了したけれども、まだ道路は完成するに至らず、工事が継続していたこと、本件換地予定地自体についても、上記のように昭和二九年一二月一一日に宅地造成が完了したものの附近一帯が東方が高く西方渋谷駅側が低い勾配をなしている地形である関係上本件換地予定地もその中心を起点として水平に整地した結果は特に東側の土地が道路に比べやや低くなつたため、もう一尺くらい土盛りをすれば道路から水が流れ込む心配もなくなり、また高くした方が宅地としても好ましいという理由から、被告は昭和三〇年七月一日から同月一〇日の間、自費により換地予定地の西側と南側に大谷石を一段積み、土盛り工事をして全体を約一尺高くしたこと、右工事は区画整理にともない宅地造成とは無関係で、全く被告が個人的に実施した工事にすぎないことが認められる。
がんらい区画整理に伴う整地作業は、人的物的な制約から完全とはいい難い場合もありうるものであることは当然予想されるところではあるが、換地は従前の土地におうむね匹敵する程度に整備して引き渡されることをたてまえとする以上、仮に当該整地作業の結果が土地所有者又は使用者の主観的な満足を充す程度には達していなくても、特段の事情のない限りは、右の作業完了をもつて一応その土地の宅地としての利用が可能となるに至つたものとみるのが相当であるところ、本件において被告の指摘する雨水の流入等の欠陥は側溝の設置により容易に防止できるものであり、その他に被告が右土盛り工事を行なわなければ換地予定地を使用することが困難であるとするよう特段の事情は何も認められないのであるから、結局被告の右土盛り工事は右土地を宅地としてより利用価値あらしめるためのものにすぎないというべく、従つて本件換地予定地を建物所有の目的で使用しないことが正当視されるのは、結局前記東京都知事の実施した工事により宅地造成が完成した昭和二九年一二月一一日までであつて、それ以後は宅地造成の未完了を理由に右土地の不使用を正当づけることは許されないと解するのが相当である。
被告は昭和三〇年四月ごろ原告から本件土地の売買の申込みがあり、右交渉は同年九月一一日ごろまで継続したから、右期間中被告が右土地の使用を始めないとしても正当事由があると主張する。しかしながら右売買の申込みないし売買の接渉により被告の本件土地使用が阻止されたり、あるいは使用することが困難となることはありえないから、右が正当事由にあたらないことは明らかであり、被告の右主張は理由がない。
次は被告は昭和三〇年一〇月から昭和三一年五月ごろまでの間換地予定地は隣地のビルディング工事のため不法占拠され、使用不能であつたから右期間中は正当事由があると主張する。
(証拠省略) に本件口頭弁論の全趣旨を合わせると、本件換地予定地の西隣りにある高桑駒吉所有の土地においては、昭和三〇年九月初旬ごろから株式会社松村組が住宅協会の注文により一一階建コンクリート造りビルディングの建築を始めたが、右ビルは隣地の敷地いつぱいに建築することを予定していたため、松村組は起重機等の工作機械材料置場に換地予定地の大部分を無断で使用し、そのため右土地の使用は事実上不可能な状況になつた。被告は右土地の無断使用を防ぐため同年一〇月ごろ右土地の北、西、南側に鉄条網を設置したが、西側の一部は右工事のため損壊され依然として松村組による不法占拠が継続したので、被告は、被告自身及び林徹弁護士を通じ、松村組に対し強く明渡しを要求し、他方当時原告の後見人であつた徳武経儀もまた被告とは別個に松村組に対し、早急に右機械等を撤去するよう請求し、その結果同会社は同年一二月初旬ごろ右地上の工作機械等の大部分を取り払い、現場監督降旗文夫より同月一〇日付で徳武経儀に対し原状に復した旨通知した事実が認められ、(中略)他に右認定を左右するに足る証拠はない。このように、少なくとも昭和三〇年九月一日から同年一二月一〇日までの間は、本件換地予定地は松村組の不法占拠によつて客観的に使用不能の状態にあつたのであり、よしんば右不法占拠の一因が被告が本件換地予定地を放置したまま直ちに使用に着手しなかつたことにあつたとしても、その故をもつて右の期間における被告の右土地の不使用を被告の責に帰することは妥当を欠くし、また松村組の不法占拠を排除するために被告がより強硬な方法、例えば訴の提起、仮処分の申請等の措置をとることをしなかつたとしても、上記認定のごとき占拠の事情に照らせば、これまた被告を深く咎めるには当たらないというべきであるから、少なくとも右の昭和三〇年九月一日から、換地予定地が再び使用できる状態に回復された同年一二月一〇日までの間は、被告が本件換地予定地を使用しなかつたことにつき正当な事由があつたものと認めるのが相当である。
以上認定のごとく、本件において、臨時処理法第七条第一項の猶予期間は、被告が本件土地の借地権を取得した昭和二五年七月二七日当時においては被告において右土地を建物所有の目的で使用しないことにつき正当な事由が存在したから、右事由が解消した日の翌日、すなわち本件土地につき指定せられた換地予定地が宅地造成の結果使用可能となるに至つた昭和二九年一二月一二日から起算すべきところ、昭和三〇年九月一日から同年一二月一〇日までの間は前示松村組の不法占有による使用不能のため期間の進行が停止したものと解すべきであるからこれを控除し、結局昭和三一年三月二〇日の経過と共に一年の猶了期間が満了するものと解すべきであり、この期間内に被告が建物所有の目的で土地の使用に着手したものと認め得ないことは前記のとおりであるから、原告は右期間の経過により、臨時処理法第七条第一項に基づき本件賃貸借契約の解除権を取得したものといわなければならない。
(五) 被告はなお、仮に原告が解除権を取得したとしても、その行使は権利の濫用として許されない旨抗弁するが、(証拠省略) によれば、被告は昭和三一年当時から東京都世田谷区新町一丁目四九番地所在の自己が理事長兼校長ととして経営に当たつている学校法人錦桜学園の校宅(建坪四三坪五合二勺)に居住し、必ずしも当面住宅の必要を感じておらない事実を(被告はその本人尋問において右は単なる間借りであると供述しているが、通常のそれと異なるべきことはおのずから明らかである)また(証拠省略)によれば、被告が昭和三一年七月ごろ原告からの解除通知の直後本件換地予定地上に一、二階共八室ずつの二階建アパートの建築を計画したが、原告の仮処分によつて実行不能となつた事実をそれぞれ認めることができ、他方(証拠省略)を総合すると、渋谷区金王町四九番地宅地一六八坪一合は原告のほとんど唯一の財産で、本件土地はその大部分を占め、原告は残余部分の換地予定地僅か七坪余の土地上に二階建の小家屋を建築してそこに居住しているにすぎず、また本件土地の賃料を上回る固定資産税の支払等に悩まされている事実を認めることができ、これらの事実と前記認定のごとく被告が相当長期間本件換地予定地を使用しないで放置していた事実とを総合すると、原告の臨時処理法第七条第一項に基づく解除権の行使を目して権利の濫用ということは到底できないところであるから、被告の右抗弁は理由がない。
(六) そして(証拠省略)によれば、原告は昭和三一年七月一三日被告あて臨時処理法第七条第一項による賃貸借契約解除の通知をなし、右通知は同日被告に到達したことが認められるから、右賃貸借契約は同日限り終了したというべきである。
以上認定のとおりであるから、被告は原告に対し、本件土地につき賃料坪当り一カ年金一八円七六銭、期間昭和二二年九月九日より昭和六二年九月八日までの普通建物所有を目的とする借地権を有しないというべきところ、被告は本訴及び反訴においてこれを争いかかる借地権の存在を主張しているから、原告が右借地権の不存在確認を求める本訴請求及び借地権消滅を原因とし、被告に対し前記小屋の収去並びに本件換地予定地の明渡しを求める本訴請求はいずれも理由がある。
二、反訴請求についての判断
訴の利益について職権で判断するに、被告は反訴において借地権の存在確認を求めているが、右借地権は原告が本訴において不存在確認を求めている借地権と同一であり、両訴はその訴訟物を一にし、原告敗訴の判決により当然被告の借地権の存在が確定される結果となるから、被告において別に反訴をもつて積極的に右借地権の存在の確認を求める利益はないといわなければならない。よつて被告の反訴請求はこの点において不適法である。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第二部
裁判長裁判官 浅 沼 武
裁判官 中 村 治 朗
裁判官 時 岡 泰